建築家の役割

建築家の役割

家づくりにおいての建築家の役割は多岐にわたります。その中で私が一番大切だと感じていることは、コミュニケーターとしての役割です。

コミュニケーターは人と人、人とモノの間(あいだ)に入りながら、家を作り上げていく調整役としての役割と、創造的な心構えを示す水先案内人としての役割をする人です。

簡単にいうと理想的な住宅を実現するために、住まいては勿論のこと 家作りに直接、間接を問わずにかかわる人たちを、ひとつの目標(完成)に導いていく指揮者としての役割です。

家創りには 500~1000人の人がたずさわっていると云われています。もちろん全員が直接コミュニケーションできる人ではありません。むしろ直接話ができない人がほとんどです。この家創りに携わる協力者たちと信頼関係を築き、的確なコミュニケーションを図れなければ、理想的な住宅を実現することはできないのです。

家は住みてのためにのみ存在する

家というのは、公共施設や商業施設などと違い不特定多数の人たちに対してではなく、そこに住む人が快適に過ごすために存在するものだと思います。

そのため、建築家が独自で考えた持論を基に家を形づくっただけでは、すみ手にとって住みにくいものになってしまいます。とはいえ住みての意見を吟味しないままで、そのまま形にしたとしても光や風の関係・家事動線、将来の生活リズムの変化に対するフレキシブル性など、色んな面で住みにくさが出来てしまいます。

デザインのみを求めた建築家の『作品』でもいけないし、住みてが考えたものでも不足なものになってしまうのです。

住みてのためにのみ存在する空間だからこそ、住みての想いの延長線上にありながら、その想いを越える空間を提供する事が設計者には必要になると、私は考えます。

プロセスマネージメント

住みてをデザインへと導き、そのプロセスをマネジメントしていく事が、建築家にはとても大切になってきます。

住みてとの会話の中からこぼれおちる言葉のニュアンスや希望、迷いまでをも周知し、丁寧にすくいとらなければいけません。

そして、沢山の情報を「リフレイム」していきます。リフレイムとはフレイムを与えること、つまり様々な情報にたいして見方や捉え方などの秩序を与えることです。

住みての中に存在する想いを、まとめ直した情報として再度アウトプットしてもらうことで、うまく言い得ることが難しい想いに対して、要点をかいつまみ、具体的に取らえやすくしていきます。

こういった行為を繰り返すことで、本当に必要なことが見えてきます。こうして創り手側と住みて側とが共通の認識を持ち、知り得た情報から優先順位を付けながらデザインへと昇華していく

プロセスマネージメントとは、単に話を聴くことではなく 高い次元で心の中を整理する手助けをするということなのです。

ここで、幾つかの例を示したいと思います。

(例) 2つの異なる要望があるケース

パターンA

吹き抜けが欲しいが空調の効率や効果を考んがえて、クライアントからは吹き抜けは要りませんという話があった

吹き抜けのない空間が出来上がる
パターンB
細かいヒアリングの末、開放感が欲しいので吹き抜けが欲しいが、空調の効果が心配なので、吹き抜けを設けるのは無理だと思うという話があった

吹き抜けの形状を検討し、空気の動きを限定する半吹き抜け空間の計画となった

パターンC
細かいヒアリングの上で、吹き抜けが欲しい事と開放感が欲しい事は別だという認識が出来たので、特に吹き抜けにはこだわらず、開放感が欲しいという結論に至った


インナーテラスのようなコートヤード(光庭)を創り、開放感を演出した

(例) 水廻りの配置を決めるケース

パターンA
どうしても、今の生活をベースにプランの打ち合わせをするため、水廻りの位置に対してあまり強い思い入れがない

一般的な1階に1坪程度の洗面脱衣室があり、主寝室にウォーク・イン・クローゼットを配し、2階のベランダに洗濯物を干すプランが出来た

パターンB
建築家からの質問を基に、家事動線を時系列でまとめ、干す・たたむ・片付けるの位置について検討した

朝方に洗濯を干すため、南東面からの日光が当たりやすい位置に物干エリアを計画し、部屋着やアンダーウェアなどを洗面脱衣室に収納できるように計画した

パターンC
建築家が、今までに提案した便利な間取りについてティーチングした上で、新しい住まいでどのような家事動線が最適かをお互いに検討し合った


洗面脱衣室と直接行き来が出来る位置に、グルーミングルーム(着替え室)を設け家族の衣類を全て収納し、同一階に目隠しを設けた物干しエリアを計画した

他にも色んなケースが考えられますが、クライアントの想いの深い部分に触れる事で、出来上がる間取り・空間は全く違ったものとなります。

会話が大切であるというポイントはここにあります。例えば、クライアントによって 各パターンのどれが一番自分にフィットするプランなのかは違いますよね。

しかし、想いをすくい上げ、形として検討することで、どのパターンを選んでも不安感が減少し、満足度が格段に上昇するのが分かっていただけるかと思います。

アーティストとデザイナーの違い

世間では、アーティストとデザイナーとが同じ様なイメージで捉えられているように思います。しかし本当は、この2つには大きな違いがあるのです。

アーティストは自分の感性を大切にするため、クライアントから細かい指摘を受けることを嫌います。
自分の世界観を表現するためには、そういったモノはマイナスとして働くからです。そして、自分の中にある世界をひとつの作品として表現し、評価を受けるのです。

しかし、デザイナーは 要望がなければ存在出来ません。クライアントから、こんなものをデザインして欲しいという依頼を受け、沢山の制約を付けられたものを、如何にデザイン性の高いものとして表現するかで、評価を受け収入を得るのです。

このように、クライアントの要望を形にする事こそがデザイナーの誇りであり、私はいつもデザイナーでありたいと願っています。

よく言う建築家は、アーティストとしての側面を色濃く持ちます。無から有を創り出す事が使命だからでしょう。しかし、住まいに関しては住みての要望をどれだけデザインに昇華出来るかが、住みやすい家、ひいては快適な家となるために大切なことであると考えます。

デザイン性が高く、それでいて住みやすく快適な家を目指して、日々邁進しています。

プラス・ワンの提案

過去に想いを馳せると、戦後初めてDK(ダイニングキッチン)が生まれ、生活環境の変化においてリビングをプラスしたLDK+個室という考えが主流となり、現代まで続いて来た事に気づきます。

しかし核家族化が進み、地域のコミュニティーとの関係も希薄になっている現在では、LDK+個室という考え自体に変化が必要だと感じます。

独立した客間は不要となり、子供室は将来的に空き部屋となるケースが多くなるため、建坪の大きな家であっても窮屈な家だと感じてしまうこともあるでしょう。部屋数を確保するあまり、実は大切な水廻りのスペースが削られたり、不便な位置に計画されるケースもあったでしょう。

そこで、必要になってくるのがLDK+個室といった概念を捨てる事です。生活リズムから必要な部屋やつながりを感じ形にする事が大切になります。

例えば、キッチンを家の中心に据えダイニングテーブルとキッチンを一体とすることで、デザイン性にも優れスペースを有効に利用できます。寝室にお酒を飲むミニバーやシンクを付けたり、バルコニーを隣接させると、ナイトリビングとしてのホテルのようなプライベート空間となります。

このように、固定概念にplus1(プラスワン)してあげる事で、当たり前の日常をより楽しむ事ができるのです。

ここで、幾つかのplus1(プラスワン)を紹介してみます

○ウォークインクローゼットに鏡やメイク台・ドレッサーを置くスペースを plus1 する

収納空間がセレクトショップのようになり、コーディネートを楽しめる空間となる

○小屋裏収納に屋上バルコニーを plus1 する

バルコニーが開放感を与えてくれるので、収納空間が贅沢な空間を持つ書斎となる

○ビルトインガレージに書斎スペースを plus する

車庫に駐車させた車を眺めながら、仕事や読書などを楽しめる

○階段下スペースに ペットコーナーを plus1 する

収納としてしか利用しない脇役の空間が、家族が愛するペットの居場所となる

○階段の壁に 壁一杯に本棚を plus1 する

日常の階段の昇り降りが楽しくなり、ひとつの楽しみとなる

家の全てにplus1(プラスワン)をするのではなく、自分の生活リズムに合わせて考えながら行えば、決して家が大きくなったり建築予算がかかる事はありません。逆に、個性が生まれ家に愛着が湧いてくると思います。固定概念に囚われず、必要なものと不要なものを具体的に話し合う事が大切なのです。

リノベーション(再生)

2009年6月より長期優良住宅法(通称)が施工されました。これは、国の方針として良いものを造り長く利用していくことを推奨するために出来た法律だといえます。

例えば世界に目を向ければ、ヨーロッパ各地の都市では古い建物を何世代にも続いて利用しながら生活している例が多々見受けられます。確かに、日本のように先進国でありながらこれほど頻繁に住宅を建て替えている国も少ないのかもしれません。

しかしながら近年の日本人の特徴として、両親が持ち家を持っていたとしても一緒に生活をするケースは少なくなっています。核家族が進んでいること、仕事のある都市部での生活を強いられるために生活の拠点が離れているなど、理由は多岐にわたります。

そのため単に家を丈夫で安心できる建物にしたとしても、長期間利用される住宅とはなりにくいのでは?との思いは拭えません。

そこで、リノベーション(再生)という概念が生まれるのです。戸建の住宅だけでなく、RC・SRCのマンションなど超寿命な建物を長く利用するためには、世代や持ち主が変わる事を前提にしなければ成立しません。新たな所有者が満足いく住まいとするためには、壁紙を張り替えたり外壁を塗り直す程度では、問題解決には至りません。

躯体(構造躰)を残しながら、建物の個性をとらえ直し、新たな生活者と現状の空間との接点を見出し新らたな空間を創り出す必要があります。ある意味では、新築と変わらないプロセスを踏みながら現存する個性とミックスさせる事で、長期的な建物の利用に繋がるのです。

この点からも、新築とリノベーションに大きな差は無く、同じように尽力を尽くしながら建物を形創って行ってまいります。